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長野地方裁判所諏訪支部 昭和51年(ワ)70号 判決

原告

別紙原告目録記載のとおり

右原告ら訴訟代理人弁護士

仲田晋

岡田克彦

久保田昭夫

鈴木紀男

被告

丸中製糸株式会社

右代表者代表取締役

中島正則

亡中島正承継人

被告

中島まき

中島正則

中島正二郎

中島真喜雄

中島克躬

右被告ら訴訟代理人弁護士

新野慶次郎

岡島勇

右新野訴訟復代理人弁護士

渡邊和廣

主文

被告丸中製糸株式会社は原告日本繊維産業労働組合連合会に対し、金一四一万一〇四三円及びこれに対する昭和五一年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え

被告丸中製糸株式会社は別紙原告目録番号51ないし57記載の各原告に対し、別紙債権目録(略)(一)請求金額欄記載の各金員及びこれに対する昭和五一年一〇月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告丸中製糸株式会社と別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告との間に雇傭契約が存在することを確認する。

被告丸中製糸株式会社は別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告に対し、別紙債権目録(二)請求金額欄記載の各金員並びに昭和五五年六月から昭和五八年一二月七日まで毎月末日限り同目録(二)毎月の賃金欄記載の各金員及び右毎月の賃金欄記載の金員に対する各翌月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告の被告丸中製糸株式会社に対する主位的請求に係るその余の訴えをいずれも却下する。

別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告と被告丸中製糸株式会社との間においては、別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告に生じた費用の一〇分の九を被告丸中製糸株式会社の負担とし、その余は各自の負担とし、その余の原告らと被告丸中製糸株式会社との間においては、全部被告丸中製糸株式会社の負担とし、別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告と被告丸中製糸株式会社を除くその余の被告らとの間においては、全部別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告の負担とする。

この判決は、第一、二、四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告丸中製糸株式会社(以下「被告会社」という。)は原告日本繊維産業労働組合連合会(以下「原告労連」という。)に対し、金一四一万一〇四三円及びこれに対する昭和五一年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告会社は別紙原告目録番号51ないし57記載の各原告に対し、別紙債権目録(一)請求金額欄記載の各金員及びこれに対する昭和五一年一〇月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告会社と別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告との間に雇傭契約が存在することを確認する。

4  被告会社は別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告に対し、別紙債権目録(二)請求金額欄記載の各金員並びに昭和五五年六月から毎月末日限り同目録(二)毎月の賃金欄記載の各金員及び右毎月の賃金欄記載の金員に対する各翌月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、被告らの負担とする。

6  仮執行宣言

右第3項及び第4項につき被告会社については予備的請求の趣旨として、

3 被告らは各自別紙原告目録番号1ないし50記載の各原告に対し、別紙債権目録(三)未払賃金欄及び請求金額欄記載の各金員並びにこれらに対する被告中島真喜雄は昭和五一年一〇月二六日から、その余の被告らはいずれも同月一七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(被告会社に対する主位的請求)

1 被告会社は、住所地(略)に本社及び工場を置き、長野県内数箇所に営業所等を有する資本金一二〇〇万円の生糸の製造販売を主目的とする株式会社であり、昭和一七年に亡中島正(以下「亡正」という。)によって設立された同族会社で、亡正を中心にその長男被告中島正則(以下「被告正則」という。)、二男被告中島正二郎(以下「被告正二郎」という。)、三男被告中島真喜雄(以下「被告真喜雄」という。)、弟被告中島克躬(以下「被告克躬」という。)によって経営されてきた。

原告労連は、全国の繊維産業労働者で組織する繊維関係労働組合の連合体(法人)である。

その余の原告らは、いずれも被告会社に雇傭されてきた労働者で、うち別紙原告目録番号1ないし47記載の各原告は原告労連に加盟する訴外丸中製糸株式会社労働組合(以下「丸中労組」という。)の組合員である。

2 被告会社は原告労連に対し、原告労連が京都地方裁判所昭和四九年(ツ)第一二五三号事件に関して支出した諸経費一切として金一六一万一〇四三円を支払うことを約し、昭和五一年五月二八日、これを同年六月三〇日までに支払うことを約した。

よって原告労連は被告会社に対し、右金員の内支払済みの金二〇万円を除いた金一四一万一〇四三円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五一年七月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3(一) 別紙原告目録番号51ないし57記載の各原告(以下別紙原告目録番号1ないし57記載の各原告については、同番号により、単に「原告番号51ないし57の各原告」等と略称する。)は、被告会社の労働者であったが、いずれも別紙債権目録(一)退職年月日欄記載の日に被告会社を退職した。

(二) 原告番号51ないし57の各原告の退職金額は、同目録(一)退職金額欄記載の各金額である。

よって原告番号51ないし57の各原告は被告会社に対し、右退職金の内支払済みの金員(同目録(一)受領した金額合計欄記載の各金員)を除いた同目録(一)請求金額欄記載の各金員及びこれに対する退職後である昭和五一年一〇月一七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4 原告番号1ないし50の各原告は、前記のとおり、被告会社に雇傭されたものである。

被告会社は、右雇傭契約はすでに合意解約されたとして、原告番号1ないし50の各原告と被告会社との間の雇傭契約の存在を争うものである。

よって原告番号1ないし50の各原告は、被告会社との間に雇傭契約が存在するとの確認を求める。

5 被告会社の賃金の支払は、毎月一五日締切りで毎月末日払となっているが、原告番号1ないし50の各原告の昭和五一年五月当時における一箇月の基準賃金は、別紙債権目録(二)毎月の賃金欄記載の各金額であり、また被告会社から昭和五五年五月三一日までに支払われるべき同月一五日までの未払賃金合計は、同目録(二)未払賃金合計欄記載の各金額である。

よって原告番号1ないし50の各原告は被告会社に対し、右未払賃金の内支払済みの金員(同目録(二)支払に充当した金額合計欄記載の各金員)を除いた同目録(二)請求金額欄記載の各金員並びに昭和五五年六月から毎月末日限り同目録(二)毎月の賃金欄記載の各賃金及び右毎月の賃金に対する各翌月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告会社に対する予備的請求及びその余の被告らに対する請求)

6 原告番号1ないし50の各原告と被告会社との間の雇傭契約が既に存在しないとするならば、被告らには次のような責任がある。

(一)(1) 被告会社とその経営者である亡正、被告正則、被告正二郎、被告真喜雄、被告克躬は、被告会社の解散とこれに伴う原告番号1ないし50の各原告の全員解雇を企図したが、その場合に本来労働者に支払うべき退職金協定一七条による退職金の支払等を免れるため、真実はその意思もないのに原告番号1ないし50の各原告に対し、被告会社経営者である亡正、被告正則、被告正二郎、被告真喜雄、被告克躬らは、被告会社と同一目的の新会社を昭和五一年六月一五日までに設立し、原告番号1ないし50の各原告ら労働者全員を雇傭する、新会社は、被告会社における従前の労働諸条件を維持し、退職金協定も、被告会社との間の退職金協定(昭和四八年二月協定)と同一のものを締結する、被告会社における従前の勤続年数を通算するとの虚偽の事実を申し向けてその旨誤信せしめ、原告番自1ないし50の各原告に退職金協定一七条の適用を主張させることなく退職させた。

(2) その結果原告番号1ないし50の各原告は、被告会社解散による全員解雇の場合であれば当然取得しえた解雇予告手当、退職金協定一七条に基づく退職金を失い、また、昭和五一年六月九日から同年八月一五日まで被告会社内において無償で残務整理作業に従事させられ、右賃金相当額の損害を被ったが、その損害額は、別紙債権目録(三)請求金額欄各記載のとおりである。

(3) また、原告番号1ないし50の各原告は、同目録(三)未払賃金欄各記載のとおり賃金の一部を受領していないが、これも被告らにおいて支払うべきものである。

(二) 亡正、被告正則、被告正二郎、被告真喜雄及び被告克躬は、いずれも昭和五一年四月当時被告会社の取締役であったが、(一)記載のとおり、同人らは詐術を用いて原告番号1ないし50の各原告を退職せしめ、よって、同目録(三)未払賃金欄及び請求金額欄各記載の各損害を与えた。

7 亡正は、昭和五四年八月二五日死亡し、妻被告中島まき、長男被告正則、二男被告正二郎、三男被告真喜雄が本件債務を承継した。

よって原告番号1ないし50の各原告は被告ら各自に対し、共同不法行為又は商法二六六条の三所定の責任(ただし被告会社を除く。)に基づき、同目録(三)未払賃金欄及び請求金額欄記載の各損害金並びにこれらに対する本訴状送達の日の翌日である被告真喜雄は昭和五一年一〇月二六日から、その余の被告らはいずれも同月一七日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社に対する主位的請求)

原告番号51ないし57の各原告の退職金額が別紙債権目録(一)退職金額欄記載の各金額であること、原告番号1ないし50の各原告についての昭和五五年五月一五日までの未払賃金合計が同目録(二)未払賃金合計欄記載の各金額であることは否認するが、その余の事実(ただし、原告番号51ないし57の各原告の退職日が同目録(一)退職年月日欄記載の日であることを除く。)はすべて認める。

(被告会社に対する予備的請求及びその余の被告らに対する請求)

亡正が昭和五四年八月二五日死亡し、被告中島まき、被告正則、被告正二郎、被告真喜雄が本件債務を承継したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

三  抗弁

1  原告番号51ないし57の各原告の退職金は、同人らの委任を受けた丸中労組とその支払につき合意し、合意にかかる金額は既に全額支払った。

2  原告番号1ないし50の各原告は、昭和五一年六月七日付で被告会社に対し、「退社届」を提出して退職の意思表示をし、被告会社との雇傭契約は、同月九日合意解約された。

3  別紙債権目録(二)(三)記載の昭和五一年六月九日までの未払賃金は、操業廃止後換価された鉄屑、蛹等の代金合計金三七八万〇一八九円で支払済みである。

四  抗弁に対する認否

原告番号1ないし50の各番号が、昭和五一年六月七日付で被告会社に対し「退社届」を提出したこと、鉄屑、蛹等の換価された代金(ただしその金額は三二五万五二九三円である。)が被告会社から支払われたことは認めるが、その余の事実は否認する。

五  再抗弁

1  原告番号1ないし50の各原告の退職の意思表示は、被告会社経営者らにより新会社が設立され、そこへ右各原告が雇傭されること及び退職金協定六条に基づく退職金が完全に支払われることが停止条件となっていた。

2  仮にそうでないとしても、前記各原告は、被告会社からの退職と退職金の清算、新会社の設立とそこへの雇傭を一体不可分のものと認識しており、前記意思表示はこれを動機としてなされ、右動機は被告会社に表示された。したがって、右退職の意思表示には法律行為の要素に錯誤があり、無効である。

3  仮にそうでないとしても、被告会社が前記各原告との雇傭関係の終了を主張することは、以下の事情からして信義則違反で許されない。

(一) 前記各原告が退職の意思表示をしたのは、被告会社が丸中労組との交渉で、会社財産を処分して退職金を清算し、会社を解散の上新会社を設立して営業を承継し、右各原告を雇傭することを約していたことによるところ、右はいずれも履行されなかった。

(二) 前記各原告は、規定退職金全額を受領しない限り退職しない旨の意向を有していたことは明らかであるところ、被告会社はその約八割しか支払っていない。また、被告会社は丸中労組に対し、新会社の操業に必要な営業権、繭地盤、工場設備、借地権等を除き製品、原材料、仕掛品、副製品、鉄屑その他一切の動産類を処分して退職金源資とする旨約したが、現実には多額の売掛金債権と大量の委託品等の存在を丸中労組に秘し一億一六五九万九五八六円を回収しているにもかかわらずこれを退職金として支払っていない。

(三) 被告会社は、解散の登記手続をせず、現在も工場敷地の一部を駐車場として他人に賃貸しており、また、製糸業者として与えられている繭仲買人の資格を利用して山梨県及び長野県を中心に大量の繭を仲介取引し、一億四七三四万六九三〇円の収益を挙げており、これを利用すれば新会社を設立して前記各原告を雇傭することは容易である。

(四) また被告らは、本件と関連する賃金仮払仮処分の執行にあたっては、種々の執行妨害行為をしている。

(五) 前記各原告は、請求原因記載のとおり、正当な賃金、退職金の支給を受けておらず、かつ、昭和五一年九月半ばまで無報酬で工場整備作業等に従事させられ、その後も苦しい生活を送っている。

六  再抗弁に対する認否

いわゆる新会社が設立されてはいないこと、原告番号1ないし50の各原告に対し支払われた退職金はいわゆる規定額の約八割であること、被告会社が繭の仲介を現在もしていることは認めるがその余の事実は否認する。

前記各原告の退職の意思表示は無条件でなされたものであり、せいぜい退職金等を「あるとこ払」する旨の付款があったにすぎない。また右各原告の内大部分は、退社届提出後一週間ないし一箇月で再就職していること、被告会社が繭の仲介を継続しているのは、被告会社の他の債務、被告会社の工場の借地料等支払のためであり、被告会社は多額の収益をあげているものではないことからして、被告会社に信義則違反は存在しない。

七  再々抗弁

原告番号1ないし50の各原告の退職の意思表示が、退職金等を「あるとこ払」で清算の上支払うことを停止条件としてなされたとしても、被告会社は、昭和五一年八月三一日までに清算の上、支払可能な金額を全額支払った。

八  再々抗弁に対する認否

被告会社から昭和五一年八月三一日までに一部の金員が支払われたことは認めるが、再抗弁記載のとおり、隠匿財産等存在しており、全額支払ってはいない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  被告会社に対する主位的請求原因中、原告番号51ないし57の各原告の退職日が別紙債権目録(一)退職年月日欄記載の日であることは、被告らはこれを明らかに争わないので、これを自白したものとみなし、またその余の事実は、原告番号51ないし57の各原告の退職金が同目録(一)退職金額欄記載の各金額であること及び原告番号1ないし50の各原告についての昭和五五年五月一五日までの未払賃金合計が同目録(二)未払賃金合計欄記載の各金額であることを除き当事者間に争いがない。

2(一)  そこでまず、原告番号51ないし57の各原告の退職金について判断すると、(証拠略)によると、

(1) 丸中労組と被告会社は、昭和四八年二月一二日、退職金支払につき、「退職金協定書」を作成し、基本給料の額、勤務期間、退職理由等に応じた退職金算出方法を合意したこと、

(2) なお丸中労組と被告会社は、昭和四九年四月二四日、右「退職金協定書」の支給率の一部を変更する合意をしたこと、

(3) そして原告番号51ないし57の各原告の退職金を右各合意によって算出すると、別紙債権目録(一)退職金額欄記載の各金額となること、

(4) 右金額については、昭和五一年四月ころ作成された書面(甲第二号証)において、被告会社もこれを確認していること、

右の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  次に原告番号1ないし50の各原告についての昭和五五年五月一五日までの未払賃金合計については、前記のとおり、右各原告の毎月の賃金が別紙債権目録(二)毎月の賃金欄記載の金額であることは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、右各原告の、昭和五一年五月一六日から同年六月九日までの未払賃金、同年六月一〇日から同月一五日までの未払賃金、同年六月一六日から昭和五五年五月一五日までの未払賃金及び右未払賃金合計がそれぞれ同目録(二)各欄記載のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二1  抗弁事実中、原告番号1ないし50の各原告が、昭和五一年六月七日付で「退社届」を提出したこと及び鉄屑、蛹等の換価された代金(ただしその金額については争いがある。)が被告会社から支払われたことは当事者間に争いがない。

2  ところで抗弁1の事実中、原告番号51ないし57の各原告に対し、約定の退職金全額が既に支払われたとの事実については、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

もっとも(証拠略)によると、原告番号51ないし57の各原告に対する退職金の支払が、別紙債権目録(一)受領した金額欄記載のとおりなされたことが認められるから、前記抗弁事実は、右の限度で正当であると解される。

3  また抗弁3の事実中、被告会社操業廃止後、鉄屑、蛹等の換価代金合計金三七八万〇一八九円が支払われたとの事実については、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

もっとも(証拠略)によると、

(一)  被告会社操業廃止後も、被告会社及び丸中労組は、それぞれ被告真喜雄及び原告番号44の原告が中心となって、被告会社内の鉄屑、蛹等の換価を継続していたこと、

(二)  ところで被告会社は、昭和五一年六月一七日及び同年七月一日訴外松井商店に対し、ビス等を合計金五二万四八九六円で売却したが、まもなく訴外松井商店が倒産し、右代金は取立不能となったこと、

(三)  そして右未収代金を除く、被告会社操業廃止後の鉄屑、蛹等の換価代金合計は、金三二五万五二九三円であり、これを原告番号1ないし50の各原告は、昭和五一年八月三一日、別紙債権目録(二)「支払に充当した金額」欄中「同年八月三一日受領分」欄記載のとおり分配、受領したこと、

右の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって抗弁3の事実も右の限度で正当であるといわねばならない。

4  次に抗弁2の事実については、前記のとおり、原告番号1ないし50の各原告が、昭和五一年六月七日付「退社届」を提出したことは当事者間に争いがないところ、(証拠略)によると、

(一)  右退社届は、一部空欄部分もあるが、表題は「退社届」と、また本文中に「退社致し度」との記載がいずれも不動文字で印刷されており、原告番号1ないし50の各原告の内多数は、右定型用紙を使用して、いずれも退社の理由部分に「会社解散の」と記入し、本文末尾に「円満退社する」と記入し、作成日付として昭和五一年六月七日と記入した上、署名捺印し被告会社に提出したものであること、

(二)  なお、右退社届の定型用紙が不足したことから、原告番号1ないし50の各原告の一部は、すべて自筆で、同様の趣旨の退社届を作成し被告会社に提出したこと、

右の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして右の事実によれば、原告番号1ないし50の各原告は、右「退社届」の作成、提出により、被告会社に対し、雇傭契約合意解約の申込みの意思表示をしたものと解するのが相当である。

なお弁論の全趣旨によれば、被告会社は、昭和五一年六月九日ころ、右合意解約の申込みを承諾したことが認められ、ここにおいて合意解約が成立したものと解すべきである。

三  そこで再抗弁2の事実について判断する。

1  (証拠略)を総合すると、

(一)  被告会社においては、昭和五〇年一月ころから原告番号1ないし50の各原告に対する賃金支払の遅滞、原告番号51ないし57の各原告に対する退職金の一部不払があったことから、比較的勤続年数が多く、高齢者の多い原告番号1ないし50の各原告は、自らが退職した際の退職金支払の確実性に不安をもつようになったこと、

(二)  そこで丸中労組は、いわゆる昭和五一年春闘に際し、同年四月二〇日被告会社に対し、その組合員である原告番号1ないし47の各原告の退職時における退職金支払確保のための団体交渉をすることを申し入れたこと、

(三)  これに対し被告会社は、当時代表権はなく取締役等役員でもなかったが、従前の団体交渉におけると同様、被告会社のいわゆる創立者であり被告会社代表者の父でもある亡正を被告会社の代理人として交渉にあたらせることとし、なおその交渉の経過は、亡正及び同人が高齢であることから右交渉に付き添った被告真喜雄を通して被告会社に逐一報告させることとしたこと、

(四)  なお右団体交渉には、丸中労組の加入している原告労連の代表者である訴外小口賢三も、しぼしばこれに関与したこと、

(五)  そして右団体交渉の結果、同月末ころ、丸中労組と亡正との間で大要次のとおりの合意が成立したこと、

(1) 被告会社は、同年五月ころ操業を停止し解散すること、

(2) 被告会社は、原告番号1ないし57の各原告の同年四月一日現在の退職金(原告番号1ないし50の各原告については、同日退職した場合に予定される退職金)債権の総額金九八九八万三五六七円を既に手当の完了した金員のほか在庫原料繭、製品、仕掛品、副製品、鉄屑を処分して支払うこと、

(3) 原告番号1ないし47の各原告は、右退職金の支払が完了した後被告会社を退職すること、

(4) 被告会社は、解散後速かに新会社を設立し、被告会社の繭地盤、機械設備、建物、借地権等を引き継いで従前と同一の事業を行い、新会社は丸中労組の組合員である原告番号1ないし47の各原告を優先して雇傭すること、

(5) 新会社における労働諸条件は、被告会社におけるそれに準じること、

(六)  右合意に基づき丸中労組は亡正に協定書(甲第六七号証はその素案である。)の作成を要求したところ、亡正は被告正二郎及び被告正則に相談する必要があるという理由で直ちには協定書作成には応じず、そのため丸中労組はその後更に要求したところ、同年五月二六日の被告会社の株主総会終了後に作成する旨回答を受けたこと、

(七)  同年五月二六日開催の右株主総会においては、被告会社を解散するとの点については合意が成立したものの、被告会社として新会社を設立して原告らを従前の労働条件のまま雇傭するとの点については反対意見が強く承認されるに至らなかったが、亡正が個人として出資者を探して新会社を設立することについては、特段の異論はなかったこと、

(八)  丸中労組は、同月二八日、協定書を作成するべく亡正と交渉を続けたところ、亡正は、新会社に関する事項を同日作成することは出資予定者に対する関係等で時期的に適当でなく同年六月九日ころ作成する旨主張したため、丸中労組も了解し、同日は、前記同年四月末成立の合意から被告会社の解散及び従業員の退職金清算に関する事項のみを抜き出して五月二八日付協定書(〈証拠略〉)を作成したこと、

(九)  その後、新会社設立に関する協定書の作成に亡正らが応じないことに疑念を持った丸中労組は、同年六月一日、亡正と被告真喜雄に対し、遅くとも同月一五日には新会社の操業を開始し、原告番号1ないし47の各原告をそこに雇傭する旨再確認させ、また、同月一五日開始予定の操業が遅れた場合でも再雇傭された者に対しては同日からの賃金を新会社において支払うことを約束させたが、その際丸中労組も被告会社の経営合理化に協力する立場から組合員である原告番号1ないし47の各原告全員の再雇傭を要求することはせず、優先雇傭されるべき組合員は、内四三名程度となることを承諾したこと、

(一〇)  ところで亡正は、同月六日ころ丸中労組に対し、前記退職金を原告番号1ないし50の各原告に支払うことを株主総会において説明し株主の了解を得るためには、原告番号1ないし50の各原告の「退社届」の提出が必要である旨を述べたこと、

(一一)  そこで原告番号1ないし50の各原告は、前記のとおり亡正とのこれまでの交渉の結果から、新会社が確実に設立され、また前記退職金が全額支払われるものと信じ、同月七日丸中労組の組合大会で協議の上、同日付「退社届」を被告会社に提出することとしたこと、

(一二)  なお原告番号1ないし50の各原告は、右「退社届」を提出するにあたり、既に前記五月二八日付協定書(〈証拠略〉)においても組合員である原告番号1ないし47の各原告は、退職金の支払が完済された時点で被告会社を円満退職する旨の確認がなされてはいるが、なお念のため、右「退社届」に「尚支払が完済された時点で会社を円満退社する。」旨の記載を原告番号1ないし50の各原告全員が付記し、退職の意思表示は、前記退職金全額の支払がなされることを動機としてなされている旨を明示したこと、

(一三)  そしてこのような「尚書」付きの「退社届」の提出を認めるか否かについては、丸中労組と、右「退社届」を直接受領した亡正及び被告真喜雄との間に論争が生じたが、結局、亡正及び被告真喜雄はこれを承認して、受理したこと、右の事実が認められ、被告真喜雄(第一回)、承継前の被告亡正各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして右の事実によれば、まず原告番号1ないし47の各原告については、同人らが退職の意思表示をする際、新会社が設立され同人らの内多数が従前の雇傭条件と同一の条件で右会社に雇傭されること、なお右雇傭を前提とした退職にあたっては原告番号1ないし57の各原告に退職金全額が支払われることが望ましいこと(前記のとおり被告会社が解散され新会社が設立されれば新会社が被告会社の繭地盤、機械設備、建物、借地権等を引き継いでしまい、当然に被告会社は清算のためにのみ存在するものとして全く営業できず、新規の収入は期待できないものであるから、前記の在庫原料繭等すべて処分しても退職金全額に満たなければ、被告会社としてはそれ以上の退職金支払は不能となるのであり、右在庫原料繭等の処分の完了していない時点でなされた退職の意思表示にあっては、退職金全額支払は、いわば第二次的な動機にとどまっていたものと解される。)を動機としてなされたものと解するのが相当であり、そして右動機は団体交渉の直接の相手方である被告会社代理人亡正に対しては右団体交渉の席上表示されていたものであり、なお被告会社に対しても、亡正、被告真喜雄からの報告を通して、更にとりわけ前記退職金支払の点は遅くとも前記「退社届」提出にあたって表示されていたものと解するのが相当である。

また、原告番号48ないし50の各原告についても、同人らは丸中労組のいわゆる非組合員であり、前記認定のとおりそもそも再雇傭の対象者ではないが、前記認定のとおり、丸中労組はとりわけ退職金支払については被告会社に対し非組合員も含めた交渉をしていること、また原告番号48ないし50の各原告も原告番号1ないし47の各原告同様の「退社届」を提出していることからして、原告番号1ないし47の各原告と同様、新会社における原告番号1ないし47の各原告の内の多数の者の再雇傭及び前記のような退職金支払を動機としていたものと解され、右動機は遅くとも前記「退社届」提出に際し、明示又は黙示に被告会社に対し表示されていたものと解するのが相当である。

2  ところが(証拠略)によると、

(一)  亡正は、新会社設立のため出資者を探したが結局適当な出資者は得られず、昭和五一年九月八日の丸中労組との団体交渉の席上、新会社設立は実現不能となった旨を伝えたこと、

(二)  また前記のとおり、退職金を支払うため在庫原料繭等の売却は予定されていたが、被告会社内の機械設備等は新会社に引き継ぐものとして売却しない予定であったところ、被告会社は、担保が設定されている等の関係で売却できない機械を除く、配線部の銅製品、機械内部の真ちゅうや銅製の部分等を売却してしまい、前記のような機械設備等を引き継いでの新会社設立はもはや客観的にも実現不能と解されること、

(三)  他方右のように新会社を設立し、原告番号1ないし47の各原告を雇傭することが不能となり、また被告会社は解散しないでその繭地盤等を使って収入があり、また一部丸中労組に無断で原料繭等売却していたにもかかわらず、原告番号1ないし57の各原告に対しては退職金全額の支払はなされなかったこと、

右の事実が認められ、被告真喜雄、同正二郎、承継前の被告亡正各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、そもそも原告番号1ないし50の各原告が退職の意思表示をする際、新会社を設立し、再雇傭を図ることは不可能な状態にあったものと解するのが相当であり、また退職金も被告会社においては全額を支払う意思はなかったもので、したがってこれらを信じてなされた右各原告の意思表示は、動機に錯誤があったものと解される。そして前記認定のとおり右動機は被告会社に対し表示されしたがって意思表示の内容となっていたものであるところ、右錯誤がなければ原告番号1ないし50の各原告は退職の意思表示をしなかったであろうと考えられ、また意思表示をしないことが一般の通念に照らし至当と解されるから、結局右意思表示には要素の錯誤があったものとして、無効と解すべきである。

3  なお(証拠略)によると、

(一)(1)  亡正は、前記昭和五一年九月八日の団体交渉までは再三にわたって丸中労組に対し、新会社の設立が実現可能である旨明言していたこと、

(2)  また亡正は、新会社設立のため、数名の者に対し出資して協力することを依頼し、また新会社運営のための原料繭確保にも配慮していたこと、

(3)  したがって原告番号1ないし50の各原告の退職の意思表示にあたり、新会社が設立され、原告番号1ないし47の各原告の内多数が雇傭されるものと信じたことは相当であったこと、

(二)  他方原告番号1ないし57の各原告に対し、退職金は昭和五一年一〇月六日までに総合計金八〇四〇万二三四七円(中小企業退職金共済からの支払分も含む。)支払われており、右は被告会社が本来支払うべき退職金総合計のほぼ八割にあたるものであり、原告番号1ないし50の各原告の退職の意思表示にあたり、右退職金全額の支払がなされるものと信じたことも相当であったこと、

右の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって原告番号1ないし50の各原告の前記錯誤につき重過失のなかったことは明らかである。

四  以上の事実によれば、原告らの本訴請求中、原告労連及び原告番号51ないし57の各原告に係る部分並びに原告番号1ないし50の各原告が被告会社との間の雇傭契約存在確認を求める部分はすべて理由があるからこれを認容することとし、また原告番号1ないし50の各原告が被告会社に対し別紙債権目録(二)記載の金員の支払を求める部分については、同目録(二)請求金額欄記載の各金員並びに昭和五五年六月から本件口頭弁論終結時であることが記録上明らかな昭和五八年一二月七日まで毎月末日限り同目録(二)毎月の賃金欄記載の各賃金及び右毎月の賃金に対する各翌月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は、将来の給付を求める訴えであるところあらかじめその請求をなす必要性については本件全証拠によってもこれを認めるに足りないから、いずれもこれを却下することとし、また原告番号1ないし50の各原告のその余の請求は、右各原告の退職を前提としたものであり、理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北澤章功)

原告目録

1 大塚ちず子

2~56(略)

57 日本繊維産業労働組合連合会

右代表者 小口賢三

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